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世界遺産☆石見銀山を行く。

2009年11月26日に石見銀山へ行きました。

言わずもがな世界遺産です

1526年に開発が始まり、戦国時代には石見銀山を巡って武将達が争い、徳川幕府の時代と
なってからは直轄領として厳しい管理下に置かれていました。
大航海時代に世界で流通した銀のおよそ3分の1が日本の銀で、そのほとんどが
石見銀山で産出されたものであったらしいです
それは争いも起こるはずです。

石見銀山の特徴は、自然を破壊せず、環境に配慮した「自然環境と共存した産業遺跡」
であることです。
数々の遺跡と建造物、自然が一体となった類稀な存在で、それが、世界遺産として評価された
重要なポイントでした

当初の予定では石見銀山世界遺産センターに車を停めてバスで
銀山地区に向かう予定でしたが、バスが出たばかりで30分待たねばならず…
せっかちなので、待ちきれず銀山の近くまで行ってレンタサイクルを
借りることにしました。
電動機付自転車を借りてたしか…3時間500円とかでした。
車はレンタサイクル屋さんにおけるので便利です。
銀山地区は縦長なので歩いてまわるとかなり大変ですが、
自転車だからラクラクでした

まずはずずいっと奥まで行って、龍源寺間歩を見学です。
「間歩」というのは銀を採掘する為に掘られた坑道のことです。
龍源寺間歩は1715年に開発された代官所直営の坑道で、大久保間歩に次いで長く
600mもあります。
数百ヶ所ともいわれる石見銀山の間歩の中でも有数の長さを誇る間歩です。
石見銀山 龍源寺間歩入口。
ここからはいります。
龍源寺間歩は中に入って見学する事ができ、通り抜けコースとなっている坑道は
全長約273mで、途中157mのところから新しく開削した栃細谷新坑を通って
出口に向かいます。
石見銀山 坑道。
坑道です。
石見銀山 坑道脇道。  石見銀山 坑道脇道2。
内部はノミで掘った跡が当時のままの状態で残っています。

こんな風な入口がいっぱいあるのです。
石見銀山 坑道入口。

せまくて暗いとこが苦手なひとはまずムリと思いますが、
なかなか楽しいスポットでした


龍源寺間歩近くにある清水谷製錬所跡です。
石見銀山 清水谷製錬所跡。
銀鉱石の産出量が次第に減り、銀山も衰退していく中で明治維新を迎えた後の1894年に、
当時の金額で20万円(今の20億円くらいとか…?)という莫大な費用を投じて
近代的な銀の製錬所として建設されたのがこの清水谷製錬所です。
しかし…鉱石の品質が予想より悪く、また設備の銀の製錬能力もなかったことから不採算と
なり開始からわずか1年半で操業を停止しました…


銀山地区のある大田市大森町は石見銀山領の中心となった土地です。
当時の面影をそのままに残しているそうです。
石見銀山 街並み1。 石見銀山 街並み2。 石見銀山 手紙屋。

その大森の町なかにある熊谷家は石見銀山で栄えた古い商家です。
石見銀山御料内でもっとも有力な商家の一つで、国指定重要文化財に指定されています。

建物内は見学する事ができ、勘定場や復元された台所などなど古民家好きには
たまらない見学スポットです
石見銀山 熊谷家住宅塀。 石見銀山 熊谷家住宅土間。
白い塀が続きます。    土間です。正面に見えるのが勘定場です。
石見銀山 熊谷家住宅蔵。 石見銀山 熊谷家住宅台所。
蔵です。       台所です。お料理体験とかもやってるみたいです。

部屋が沢山あって見ごたえがありました!!!
急な階段とかが妙にかわいらしく思えました

ざざっと見学したため3時間くらいしか滞在しませんでしたが
他にも、見所がたくさんある場所なので丸1日楽しめるところだと
今回はいけなかったのですが、近くには城跡も多数あり長年に及んだ銀山争奪戦の
様がうかがえます。

石見銀山☆一度は行ってみるべし!です



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